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【エッセイ】どんな「イヤ」な思いをしましたか?

表が有れば、裏がある。
光が有れば、影がある。
被害者がいれば、加害者がいる。

 

 

 

これこそ、世の中で、日常。
でも、当たり前すぎて、
意識することなど、ほぼ、ない。

 

 

 

だって、人の人生は「今」が現実の全てだし、

現実は、それ以外にはないからね。

 

 

 

例えば記事1つだって、
共感している人がいれば、
憤りが感じている人も、いるかもしれない。

 

 

 

じゃぁ、書いた本人は、

憤りを感じさせたいと思って書いた…というと、

「まさか」そんなことを思われているとは、

想像すら出来ていないかもしれない。

 

 

 

表が有れば、裏がある。

光が有れば、影がある。

 

 

 

これは、

分かっていても『自分』のこととなると、

「まさか」なのだ。

 

 

 

 

不倫だって、している殿方がいれば、

その相手の女性が、存在する訳だし、

 

 

いじめも、自分の子供が「いじめられたら」は、

考えているけれど、

 

 

「いじめをした側」に、我が子がなることを、

想像する親は、少ない。

 

 

 

 

 

「私は、我が子を信じていますから。」

と言われたりするが、そういう話ではない。

 

 

 

 

 

 

なんなら、いじめは、いじめをする側が、

複数人であることが多い訳だから、

被害者より、加害者になる確率の方が多い。

 

 

 

 

 

皆、自分が可愛い。

自分が、常に「被害者」であるかのように、

勘違いをしてしまう。

 

 

 

 

被害者意識が強い時、

『立場が違えば…』そう思うと、

ゾッとすることも、少なくない。

 

 

 

 

「最近、どんなイヤな思いをしましたか?」

は、すーーーぐ、出てくるけれど、

 

 

「最近、どんなイヤな思いをさせましたか?」

は、えぇーーーーっと…ってなる人の方が、

多いんじゃないかな。

 

 

「させたかもしれないけれど~・・・」ってね。

 

 

 

 

 

どれだけ、わたくし達は、

常に自分が可愛くて、被害者意識が強いか、

が分かる。

 

 

 

 

 

うちの子に限って…

 

うちの旦那に限って…

 

うちの妻に限って…

 

私に限って…

 

 

 

 

 

そう、

〇〇に限って…まさか…

なんて、ない。

 

 

 

 

 

人生は、常に、どちらの立場にも成りえるし、

今も、どちらの立場でもあるかもしれない。

自分が、認識していないだけでね。

 

 

 

 

 

だからといって、表現することや、

発信することに、ビクビクする必要はない。

 

 

 

どういう発言をしたとしても、

100人が100人、賛同してくれることもないし、

反感をもたれることもない。

 

 

 

 

 

簡単に言えば、

あなた様が、何をどう言ったところで、

イイねと言ってくれる人は、

イイねと言ってくれるし、

ムカつく!と言う人は、ムカつく。

 

 

 

 

 

ただ、覚えておいた方が良いことは、

それが当たり前なことだし、

 

 

あなた様が「ムカつく!」「ナニこれ?!」

なんて思った記事にも、

 

 

イイね!と思っている人も、やっぱりいる…

ということ。

 

 

 

 

そして、それは、自分の認識が正しいとは、

限らないということでもある。

 

 

 

 

 

自分の認識に傲慢になると、

ついつい被害者意識が、

立ち位置の常識になってしまう。

 

 

 

 

それが、慢性悲劇のヒロイン思考…

 

 

 

 

「私」という人が、

こうならないようにありたいですね。

 

 

 

 

 

プランニング オフィス ナカタニ

中谷  彰子
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